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生贄生活

風呂の付いていない長屋の団地は、夕方になると味噌汁の出汁の匂いと、ヘビ花火や煙玉の臭いが入り混じり、ゴム跳びや缶蹴りをする子供達の遊ぶ声が響き渡っていた。

親がまともに家にいる家庭なんかなく、日が落ちてもまだ外遊びする子が多かった。

 

母ちゃんがカブに乗って帰って来ると、夕飯まで待ちきれずに母ちゃんに配給される繋ぎのカップ麺を姉妹で奪い合って食べたもんだ。

外食など皆無で、日曜日の夕方に家族総出でニラまみれの餃子を作るのは楽しかった。

80年代の初頭は、まだ、金持ちより貧乏人が多かった気がする。

娯楽も少なく、今みたいに夜が明るくなく、貧しくてもそれなりに、まだ家族の団欒が当たり前であった。そんな家族団欒で鑑賞するテレビの裏には、常に二本の竹刀が立て掛けてあった。

夕飯が始まると父親が帰ってくる。玄関のドアが開く音がすると、姉妹は凍りつく。

魚の切りくずみたいな刺身が、父親にだけ用意された。

それを肴に、麦焼酎を気で飲み始める。

飲むにつれ、父親の目が座る…

家の中は息がつまるほどの緊張感に包まれた。

子供たちは、逃げる様に近くの銭湯に行く。

銭湯には、幾人かの友達も来ていることがあり、子供たちははしゃぎ、銭湯マエストロみたいなババアに怒鳴られるが、気にしたことなんかなかった。

友達と話し込み、年頃の長女は風呂の帰りが遅くなることがしばしばあった。

冷え切った体で家に着くと、酒に呑まれて、目を座らせた父親がいる。

テレビの裏から抜き出した竹刀が空を切り、13歳の長女の体を痛めつけた。

畳み掛ける様に、母親が長女に向ける罵声が、子供たちの心を切り刻み、容赦無く父親の怒りの火に油を注いだ。

母親は、父親の暴力が自分に向かぬ様に、子供たちを差し出す。

今日の生贄は長女だった。

 

父親は、熱々の味噌汁に、冷や飯をぶち込んで食べるのが好きだった。

味噌汁の具がなんだか気に入らないと、酷く不機嫌になり、容赦無く熱い味噌汁を母親に投げつけ、蹴り倒し、母親の顔面を足で踏みつけた。

 

いつか何としてもこの父親を完全犯罪で殺すんだと、子供らは、常日頃からその方法を教えていたが、警察に捕まらない方法を探せないまま大人になってしまった。だが、それはそれで幸運だったかも知れない。